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土井善晴「一汁一菜でよいという提案」

自分自身、料理はほぼ趣味と化しているので
作る楽しみ、そして苦しみもとてもわかります。
子供が出来てからは特にそれが顕著になってきますしね。
一生懸命、たくさん作っても「これきらーい」と言われた時の落胆とか(笑)

特にここ最近、SNSなどでも話題になるのが
「毎日の料理がしんどい」という事。
料理しない人にとっては、それが出来上がるまでの過程とかわかんないですしね。
「え、今日これだけ?」なんて事を平気で言えてしまうのですよ。
ずっと食卓、もしくは外食で完成品だけを食べ続けてきたわけですからね。

何かに追われる様に「毎日のご飯はちゃんとしなきゃ」って言う観念が
どっかしらにずっとあったのは作る側としては確かです。
それを日常の中で消化するためにやっていたのが、「60分1本勝負」的なトライ。
要するに調理時間を60分と決めて、その間にいくつ作れるかというアプローチ。
昔懐かしのテレビ番組の「料理の鉄人」的な感じです。

ダラダラとご飯作るからイヤになるわけで、時間を決めてその中でどこまで出来るかという追い込みの中に楽しみを見いだす事が出来るか?というアプローチは自分には意外と向いていました。
が、やっぱりね。なんか無理があるなと思うわけですよ。
人間、人生の半分以上はメシ食ってるか寝てるわけですから、そこには「楽しみ」という視点が欲しいじゃないですかやっぱりね(笑)

そんな事を思ってた時にネットで見かけたのが土井善晴先生の記事でした。

「一汁一菜でよいという提案」 土井善晴さんがたどりついた、毎日の料理をラクにする方法
http://kokocara.pal-system.co.jp/2016/12/19/ichiju-issai-yoshiharu-doi/

「食」とは人が生きるための基本となる行為なのに、何かに強制されるように義務感で料理しているとしたら辛いですよね。生きることそのものが辛いことになりかねない。だから、少なくとも自分と家族を守るということなら、何もそんなにむずかしく考えなくてもいい、心の置き場、基本となる形さえもっていれば、もう食事作りに悩むことはないんだよと伝えたかったのです。

・・・ですよねー。と言う事で面白そうな本だと思って読んでみました。
これがまた目からうろこが落ちるようなお話ばかり。

一汁三菜というのはいわゆる昔の「ハレ」の料理で、「ケ」の料理はまた違う、とか、なぜ日本人は料理の前に手を洗うのか、というお話だとか、常々、普通だと思ってた事を一つ一つ丁寧に「解体」していくような内容は「毎日の食」というものと改めて向き合うためにはとても良いアプローチだと思いました。

一汁一菜でよい、なぜならね・・・・という感じで一つ一つ丁寧に説明してくれるこの本、
いわゆる「レシピ集」ではありません。
どちらかというと「考え方を初期化するため」の実用本的な内容です。
写真もそれなりに載ってますけども
「普段の味噌汁なんてこんな感じでよいです」みたいな感じでの掲載なので、いわゆる「献立」を期待して買うとガッカリするかもですね。

僕が一番心に残ったのは「和食を初期化する」という言葉でした。
当たり前の様に「主菜」「副菜」と言われてる昨今ですが、肉や魚を主菜とするのであれば、和食の家庭料理でそれに該当するのは「焼き魚」しかなく、例えば「肉じゃが」なんかは野菜も含んでいるわけですから、そういうカテゴライズには実は無理があるんです、という部分はなるほど!と思いましたね。

この本、作る側ももちろん楽しめる内容ですが作られる側(作った事などない人)も読むべきだと思いますね。
古代から戦後の今の流れで培われてきた「日本人の家庭料理」の世界を知った上で、こんな時代だからこそ、一汁一菜でよいというこの本の提案を共有すれば、作る側作られる側、どちらも揉め事もなく幸せに毎日の食事に向き合えるんじゃないかな。

土井先生の他の本も読んでみたいな、と思います。


Published in実用書

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