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「エンドレス・ワイヤー」The Who

来日公演の興奮が続いてる内に、このThe Whoの26年ぶりのスタジオアルバムについて書いておこう。

たぶんThe Whoを聞き始めたのは友人に無理矢理連れられていったザ・コレクターズのライブを見てから「モッズ」の存在を知った時。自分にとってのモッズは森山達也氏率いる「The Mods」だったので大きな勘違いというか(笑)
で、ベスト盤の「Who’s Better,Who’s Best」と聞いたのが最初だったと思う。

一曲目、「Talkin’ by my Generation」と歌われるそのフレーズは、The Modsの弟分バンドみたいな存在だったRollieの「ふるえてるんだ」という曲に引用されており、そして我々の年代の「マイ・ジェネレーション」といえば、誰がなんと言おうとジュンスカだった、そんなバンドブーム世代。

「年食っちまう前に死にたい」と歌うその若さになんか感動。
そしてビデオ「The Kids are Alright」を見てもうダメ。完全にハマった。
しかし、その時はすでにキース・ムーンは死んでしまってThe Whoも解散してた。
その数年後、ドラムにサイモン・フィリップスを迎えて「Tommy」ツアーをやった時は日本には来なかった。
恋い焦がれるこの気持ち。しかし諦めるしかないわね。
「海外に行ってコンサートを見る」なんて発想すら浮かばないし、
そんな財力ももちろんない。

そんなこんなで大人になって、しばらくすると
今度はベースのジョン・エントウィッスルが死んだ。
あの二人が死んじゃったらもうだめだ。
そんな考えでいた頃に2004年にいきなりロック・オデッセイに出るために来日。
この時は見るのが恐くて行けなかった。
若き日の興奮の思い出を現実で塗りつぶされるのが恐かった。本当に。
年月の流れに押しつぶされながらなんとか生きてる自分と、同じ所に降りてきてるヒーローなんて見たくない。

そしてついこの間。
初の単独来日公演が決定。
とりあえずチケットは押さえた。
ライブ当日が来ても、正直気が進まなかった。
会場に行って、ダフ屋にチケットを売って帰ってこようか、そんな考えも浮かんだ。

「とりあえず行っておいで!」嫁さんに背中を押されて家を出た。
会場に入って一人で憮然とイスに座って開演を待った。

なんのSEもなくピートがロジャーが出てきた。
しばらくして一発目のEコードが鳴り響く。デビュー曲の「I Can’t Explain」。
血が逆流した。勝手に声が出た。
その瞬間、全ての「いま」を受け入れている自分がいた。
あそこにいるのはキースじゃない。ジョンじゃない。
ピートが持っているのはリッケンの330じゃない。
ロジャーのシャウトだって明らかに衰えている。
それがなんだって言うんだ?
目の前にあれだけ思い焦がれたWhoがいるんだぜ?

ラストのピートとロジャーだけで演奏した「Tea and Theatre」
それを聴いてるときに全てが理解できた気がした。

個人的な感想だけどWhoは力の抜き方を知らなかったバンドだと思う。
休み方も知らず、ステージでは爆発のし放題。
そんなやり方じゃぶっこわれちまうぜ?と言われても
「いや、これしかできないんだオレ達」と時代を駆け抜けて
そして、メンバー死亡というアクシデントで失速してしまい、
あがきながらも今までなんとか生き延びてきた。
ストーンズみたいにかっこよく年を取ることができなかった。

だからこそ、そんな不器用なThe Whoが好きなんだ、と。

「年を取る前に死にたい」と歌った数年後にやつらは
「Won’t Get Fooled Again(もう二度と騙されないぞ)」と歌っていたじゃないか。
死のうとしてるやつが「もう二度と騙されない」なんて言うはずがない。
あの時、やつらは年を取っても生き続ける事をすでに宣言してたのだと。

そして二人は「お茶と映画でも」と歌った。
アルバム名、「Endless Wire」。ワイアーは「絆」という意味にも取れる。
「ちょっと遅くなったけどオレラはちょっとゆっくりする事にするよ」
そんなメッセージを今回のアルバム、来日公演で受け取った気がする。

だから
「キースがいないと」「ピノは代役として不適当」「やっぱあの頃が全盛」
なんて絶対に言わない。

思い出はあくまで思い出として残る。
しかし、今はこれから作り出す物なんだと理解できたから。

彼らのように不器用ながらも全力で生きていきたい。
そう思えるようになれた今回の来日公演でした。


Published inCD:2000年代音楽

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